4月 30

摂取心光常照護(せっしゅしんこうじょうしょうご)
已能雖破無明闇(いのうすいはむみょうあん)
貪愛瞋憎之雲霧(とんないしんぞうしうんむ)
常覆真実信心天(じょうふしんじしんじんてん)

<現代語意訳>
阿弥陀如来の摂取の光明は常に私を照らし護って下さる。仏さまを疑わなくなり救われた身になっても、むさぼりや瞋り憎しみの心は、雲や霧のように常に如来からたまわる真実の信心の上におおいかぶさってしまう。

<この句について>
闇は破れても、貪り・執着・怒り・憎しみといった心が光明を妨げようとすると書かれています。毎日を平々凡々と暮らしていると、ついつい不平・不満の多い荒んだ気持ちになってしまうことがありますね。これに警笛を発しているようにも感じます。

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8月 08

能発一念喜愛心(のうほいちねんきあいしん)
不断煩悩得涅槃(ふだんぼんのうとくねはん)
凡聖逆謗斉回入(ぼんしょうぎゃくほうさいえにゅう)
如衆水入海一味(にょしゅうしにゅうかいいちみ)

<現代語意訳>
ひとたび阿弥陀如来の本願を聞いて喜びの心が生じるのならば、煩悩を断じることなく仏のさとりを得ることができる。凡夫も聖人も逆謗(五逆・十悪など多くの善くない行いをして来た者)も本願に帰入すれば救われる。清らかな水も濁った水も大海に流れ込めば同じ海水となるようなもので、みな平等に救われるのである。

<この句について>
悪人正機や逆謗救済について触れられている部分ですね。
大無量寿経は、「逆謗」の救済を拒否しています。「唯除五逆 誹謗正法」と逆謗を救済の対象から除いています。
観無量寿経は、「五逆」は救済されるが「謗法」は救済されないと説いています。
阿弥陀経ではこの問題に触れていません。
関連することについてはたくさんの書物に書かれており、これらを理解することは容易ではありません。歎異抄第一章には「弥陀の本願には老少善悪のひとをえらばれず。ただ信心を要とすとしるべし。」とあり、善悪よりも信心が大切であることが書かれています。今回の四句は、親鸞聖人が「誰もが救われることができる」ということを簡潔に表現された句であると感じます。

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3月 07

如来所以興出世(にょらいしょいこうしゅっせ)
唯説弥陀本願海(ゆいせみだほんがんかい)
五濁悪時群生海(ごじょくあくじぐんじょうかい)
応信如来如実言(おうしんにょらいにょじつごん)

<現代語意訳>
釈尊がこの世に出現された目的は、ただ阿弥陀如来のすべての人々を救うという大海のような本願を説くためであった。 五つの濁りに染まった悪世に生きる者たちよ、釈尊のお説きになる真実の言葉を信ずるべきである。

<この句について>
釈尊は、『阿弥陀経(あみだきょう)』のなかで、私たちが生きているこの世間を五濁悪世であると教えておられます。
「五濁悪世」(ごじょくあくせ)とは五つの濁りに満ちた悪い世の中のことで、五つの濁りは、
1. 人間の寿命が短くなり(命濁)
2. 時代的な環境が腐敗し(劫濁)
3. 煩悩が盛んとなり(煩悩濁)
4. 思想が混乱をきたし(見濁)
5. 人間の肉体,精神とも貧相,無気力になる(衆生濁)
を差します。
私たちは日々の生活の中で、思い通りにならない時は不平・不満を漏らし、都合の悪い事実からは目をそらせてしまいます。それに気づきなさいと教えているようにも感じます。

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1月 31

一切群生蒙光照(いっさいぐんじょうむこうしょう)
本願名号正定業(ほんがんみょうごうしょうじょうごう)
至心信楽願為因(ししんしんぎょうがんにいん)
成等覚証大涅槃(じょうとうがくしょうだいねはん)
必至滅度願成就(ひっしめっどがんじょうじゅ)

<現代語意訳>
一切の生きとし生けるものは、この光りに照らされている。南無阿弥陀仏の名号を称えることは、正しい行である。そしてそれは、至心信楽の願(十八願)を因としている。佛となる身が決定し、涅槃を得ることができるのは、必至滅度の願(十一願)が成就されているからである。

<この句について>
すべての人は光明に照らされています。そして南無阿弥陀仏の名号によって、私たちが苦悩から救いとられて間違いなく浄土へ往生することが明確になったことが書かれています。私たちが往生するということで仏に成るのは、第十一の「必至滅度の願」が成就しているからであると説かれています。

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8月 29

普放無量無辺光(ふほうむりょうむへんこう)     無碍無対光炎王(むげむたいこうえんのう)
清浄歓喜智慧光(しょうじょうかんぎちえこう)    不断難思無称光(ふだんなんしむしょうこう)
超日月光照塵刹(ちょうにちがっこうしょうじんせつ)

<現代語意訳>
その放ちたもう光明は、広く行き渡り、無量で、どこでも、妨げるものもなく、比べるものもなく、威力にみち、清らかで、喜びに満ち、智慧そのもので、絶えることもない。人間の思いや計らいを超え、言葉では表現できない光りである。太陽や月の光を超え、世界を照らしている。

<この句について>
阿弥陀仏が十二種の光を放って、世界を照らしていることについて書かれています。これは『大無量寿経』に述べられているものです。親鸞聖人は「真実の光明である阿弥陀仏に帰命しなさい」と説いておられます。

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